サザーク大聖堂まで足を伸ばしたのは、もしかしたらこの聖堂に住む猫のホッジに会えるかもしれないという淡い期待があったからなのだが、たとえ会えなかったとしても、ここなら外の世界の喧騒を離れて静かなひと時を過ごせると知っていたからでもある。
今日は朝からよく歩いた。女王陛下に捧げられた花束に埋め尽くされたグリーンパークに押し寄せる、花束を抱えて集まってくる人、人、人。その波に抗いながら、トラファルガー広場からウェストミンスターまで歩くあいだにも、ロンドン内外から集まった人の壁が行手をさえぎり、まっすぐ進むことすらおぼつかなかった。
たとえ何時間かかろうとも、女王の棺をひと目見て、別れのあいさつを告げようとする人の列は、ウェストミンスターから、ロンドン橋のたもとに立つこの教会の外まで続いていた。
昼下がりの陽光が天窓から降り注いで、ステンドグラスの赤を際立たせていた。大聖堂とはいうものの、英国のどこの町にもありそうな教会と大差ない、こじんまりとした建物だが、そこが気に入っている。中には、僕も含めてほんの五、六人しかいなかった。あたりを見渡してみるが、ホッジの姿は見当たらなかった。
ちょうど午後の礼拝の時間にあたったようで、ほどなくして司祭が姿を現した。穏やかな表情をした、中年の女性だった。お祈りは、まず女王を悼む言葉からはじまったが、その落ち着いた言葉の端々に、彼女のやさしさを感じ、おだやかな気持ちにさせられた。
礼拝はほんの数分で終わった。
もう少しホッジを探してみようか。
立ち上がりかけると、控えめなオルガンの演奏が流れはじめた。
なんだか懐かしい気分にさせられた。そうだ。これはフォーレのレクイエムだ。再び腰をおろして、そのまましばらく、ただ何も考えず、じっと耳をかたむけた。
ちょっと元気が出てきた。ホッジには結局会えなかったけれど、再びここを訪れる理由ができた。
いや、それは違うな。ただじっと座って、心を落ち着かせる、ただそれだけのために、僕はまたきっとこの教会に立ち寄るに違いない。
表に出ると、風が少し冷たかった。弔問の列は、さっきより長くなっているようだった。
なんだか急に名残惜しくなった。空港に向かうのは、近所のパブで一杯飲んでからにしよう。そう決めて僕は歩き出した。
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